淡路人形芝居は、約500年前、西宮から「傀ぐつ師」の元祖と言われる百太夫が淡路島を訪れ、地元の人に伝えたのが始まりです。18世紀のはじめには、44座の座元が覇を競い、淡路島のみならず、日本全国を巡業して発展してきました。全国各地に約80座の淡路人形系の人形が今も残っております。世界文化遺産に認定された文楽の創始者である植村文楽軒は淡路島の出身で、青年期には淡路人形の一座と共に各地を巡業しておりました。現在の淡路人形浄瑠璃は国指定の重要無形民俗文化財となり、三味線師匠の鶴澤友路師は人間国宝に認定されています。 世界の歴史上、人形はよく宗教的な行事に結びついて使われておりましたが、淡路人形芝居も例外ではなく、恵比寿天をたたえ漁の安全と恵みを祈るものとして行われてきました。百太夫の死後は家、土地、船を守り、神をたたえる神聖な季節の行事として定着していきました。 淡路人形は、芸術性の高い「かしら」と胴と衣装からなっており、一体の人形を、三人の人形遣いが黒子を着て遣います。一人が足を、一人は左手を、一人は右手と「かしら」を受け持ちますが、三人の気持ちがうまく合って初めて人形に命が吹き込まれ生き生きとした表現が出来るようになります。そして、情感溢れる義太夫による浄瑠璃の語りと重々しく響く三味線による伴奏とが相まって、野趣に富んだ、人間以上に喜怒哀楽ある舞台が生まれてきます。 淡路人形浄瑠璃館のホームページはこちら
淡路島は祭りが盛んな島です。島内各地区のだんじりの総数は300台とも言われています。赤色の布団を5枚重ねた布団だんじりが主流で、春や秋には氏子たちの手によって巡行されます。だんじり唄は、祭りの余興に、人形浄瑠璃を基に団体芸として作られたもので、別名「浄瑠璃くずし」とも呼ばれています。物語のハイライトをうまく取り出してメロディーをつけ、アレンジしたもので、だんじりの太鼓と拍子木を使い、全員で唄う「つれ節」に、浄瑠璃調の「語り込み」と民謡調の「振り」という独唱があり、唄の合間に「語り」が入ります。最近は、数多くのグループが唄うようになり、コンクールも行われ、淡路の誇る郷土芸能の一つです。